二重スリット実験

「2重スリット実験」は、物理学の歴史において「光や物質の本質は何か?」
という謎を解き明かすために、形を変えながら何度も行われてきた伝説的な実験です。

1801年:トマス・ヤングの実験(光は「波」である)

それまで、物理学の父であるアイザック・ニュートンは
「光は粒(粒子)の集まりだ」と主張しており、それが当時の常識でした。
しかし、それに異を唱えたのがイギリスの物理学者トマス・ヤングです。

  • 実験内容:
    光を2つの細いスリット(隙間)に通し、その先にあるスクリーンに投影しました。
  • 歴史的結果:
    スクリーンに映し出されたのは、2本の線ではなく、縞模様(干渉縞)でした。
    これは、水面に2つの石を落としたときにできる
    「波と波が打ち消し合ったり強め合ったりする現象」と全く同じです。
  • 結論:
    この実験によりニュートンの粒子説は覆り、
    「光は波である」という説が決定的なものになりました。

1905年〜1920年代:
アインシュタインと量子力学
(光は「粒子」でもある)

ところが20世紀に入ると、アルベルト・アインシュタインらが
「光電効果」という現象を説明するために、
「やっぱり光はエネルギーの粒(光子)としての性質も持っている」
と主張し始めます(光量子仮説)。

ここから物理学者たちは大混乱に陥ります。
「光は波なのか? 粒なのか?」
この矛盾を解決するために生まれたのが「量子力学」であり、
2重スリット実験は再びスポットライトを浴びることになります。

1961年・1989年:
電子での実験
(物質も「波」であり、観測すると「粒」になる)

光が「波と粒の両方の性質(二重性)」を持つなら、
私たちを作っている「電子などの具体的な物質(粒)」も
波の性質を持つのではないか? という疑問が生まれます。

技術が進歩した20世紀後半、ついに「電子」を使った2重スリット実験が行われました。
(1961年にクラウス・イェンソンが成功、
1989年に日立製作所の外村彰らが決定的な実験を行いました)

ここで、現代も人々を驚かせる「量子力学最大のミステリー」
が歴史的事実として証明されます。

① 電子を1個ずつ発射しても「波」になる

電子を完全に1つずつ、時間を空けて発射しました。
電子が「粒」なら、2つの隙間のどちらか一方を通るだけなので、
スクリーンには2本の線ができるはずです。
しかし、何万回も繰り返して電子を命中させていくと、
スクリーンには少しずつ干渉縞(波の模様)が浮かび上がってきました。

【歴史的事実】 電子は1個しか存在しないはずなのに、**「自分自身と干渉し合って」**両方のスリットを同時に通り抜けた(波として振る舞った)のです。


② どちらを通ったか「観測」すると「粒」になる

「そんなバカな話があるか!」と考えた科学者たちは、
スリットの近くに検出器を置き、
電子がどちらの隙間を通ったかを監視(観測)してみました。
すると、驚くべきことが起きました。観測装置をつけた瞬間、
さっきまで出ていた干渉縞が消え、スクリーンにはただの「2本の線」が残っのです。

【歴史的事実】
人間(あるいは機械)が「どちらを通ったか」を見た瞬間に、
電子は波であることをやめ、ただの1つの「粒」に確定してしまったのです。

歴史が証明する現実

2重スリット実験の歴史が私たちに教えてくれたのは、
次のような信じがたい現実です。

  1. 光やミクロな物質(量子)は、誰も見ていないときは
    「波(どこにでも存在する確率の波)」として振る舞う。
  2. 人間が「観測」した瞬間に、その正体を「粒(1つの現実)」として現す。

この「観測するまで現実が決まらない」という結果は、
アインシュタインすらも「神はサイコロを振らない」と言って
生涯受け入れるのを拒んだほど、物理学の歴史を揺るがす大事件でした。

2重スリット実験の原理(波の干渉)


2つの狭い隙間(スリット S1​,S2​)に
波長 λ の光(または電子波)を当てると、
それぞれのスリットから出た波が広がり、
互いに強め合ったり弱め合ったりして、
後ろのスクリーンに明暗の縞模様(干渉縞)を作ります。

設定する変数
  • d :2つのスリットの間隔
  • L :スリットからスクリーンまでの距離
  • x :スクリーンの中心(中心明線)からの位置(高さ)
光路差(2つの波が進む距離の差)

スリット S1​,S2​ からスクリーン上の点 P(x) までの距離の差(光路差) Δl は、
幾何学的な計算(L≫d,x の近似)により、次のように表されます。

Δl≈dsinθ≈dLx​


明線(明るい縞)と暗線(暗い縞)の条件式

波が強め合うか、弱め合うかは、
光路差 Δl が波長 λ の何倍になっているかで決まります。
(m は整数: m=0,±1,±2,…)

① 明線(同位相で強め合う)条件

波の山と山、谷と谷が重なるため、最も明るくなります。
光路差が波長の整数倍になる時です。

dLx​=mλ

これを位置 x について解くと、明線が現れる位置 xm​ が求まります。

xm​=mdLλ​

② 暗線(逆位相で打ち消し合う)条件

波の山と谷が重なるため、打ち消し合って暗くなります。
光路差が波長の「整数 + 半波長」になる時です。

dLx​=(m+21​)λ

縞の間隔 Δx

隣り合う明線(または暗線)の間隔 Δx は、
xm+1​−xm​ を計算することで次のように一定の値になります。

Δx=dLλ​

【ポイント】 この式から、スリットの間隔 d が狭いほど、また波長 λ が長いほど、縞模様の間隔 Δx は広がり、観察しやすくなることが分かります。


量子力学的な解釈(電子の2重スリット実験)

光ではなく、「電子」のような質量のある粒子でも同じ実験を行うと、
驚くべき現象が起きます。これが量子力学の核心です。

ド・ブロイ波長(物質波)

アインシュタインやド・ブロイらは、
動いている粒子は波の性質も持つと考えました。
質量 m、速度 v(運動量 p=mv)の電子が持つ波の波長
(ド・ブロイ波長) λ は以下の式で表されます。

λ=ph​=mvh​

※ h はプランク定数(h≈6.63×10−34 J⋅s)

電子の運動量をコントロールして波長 λ を作れば、
上記のヤングの実験とまったく同じ数式(Δx=dLλ​)に従って、
電子でも干渉縞がオセロの目のようにポツポツと現れ、
最終的に綺麗な縞模様を形作ります。

何が不思議なのか?(確率解釈)

電子を「1個ずつ」時間を空けて発射しても、
最終的にはスクリーンに縞模様ができます。
1個しか飛んでいないなら、
電子は S1​ か S2​ の「どちらか一方」を通ったはずです。
それなのに、なぜ「両方のスリットを通る波」特有の
干渉縞ができるのでしょうか?

量子力学(コペンハーゲン解釈)では、以下のように説明されます。

  1. 観測される前の電子は、粒子ではなく
    「存在確率の波(確率振幅 ψ)」として空間に広がっている。
  2. 電子は S1​ と S2​ の「両方を同時に通り抜けて」、
    自分自身と干渉している。
  3. スクリーンに衝突した(観測された)瞬間に、
    波が1点に収縮し、確率密度 ∣ψ∣2 に比例した位置に
    「1個の粒」として姿を現す。

数式で言うと、スリット1を通る状態を ψ1​、
スリット2を通る状態を ψ2​ とすると、
電子の状態は ψ=ψ1​+ψ2​(重ね合わせ状態)になっており、
スクリーンでの検出確率 P は以下のようになります。

P=∣ψ∣2=∣ψ1​+ψ2​∣2=∣ψ1​∣2+∣ψ2​∣2+(ψ1∗​ψ2​+ψ1​ψ2∗​)

この右辺の末尾にある (ψ1∗​ψ2​+ψ1​ψ2∗​) という項が
「干渉項」と呼ばれ、これが縞模様を作り出す原因です。


自由粒子の波動関数(シュレーディンガー方程式)

電子などの量子が空間を伝播するとき、
その挙動は時間依存のシュレーディンガー方程式に従います。

$$i\hbar \frac{\partial}{\partial t} \psi(\boldsymbol{r}, t) = -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 \psi(\boldsymbol{r}, t)$$

ここで、 $\hbar = \frac{h}{2\pi}$ (ディラック定数)、 $m$ は電子の質量、 $\psi(\boldsymbol{r}, t)$ は位置 $\boldsymbol{r}$、時間 $t$ における波動関数です。

この方程式の最も単純な解の一つが、一定のエネルギー $E$ と運動量 $\boldsymbol{p}$ を持って進む波を表す平面波です。

$$\psi(\boldsymbol{r}, t) = A e^{i(\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r} - \omega t)}$$

  • $\boldsymbol{k}$ :波長と $\lambda = \frac{2\pi}{k}$ の関係にある波数はベクトル(進む方向を持つ)
  • $\omega$ :角振動数(エネルギー $E = \hbar\omega$)
  • $A$ :複素振幅

2重スリット実験では、スリットを通過した後の電子の波は、
それぞれのスリットを震源とする球面波として広がっていきます。


2. 干渉項の数学的導出

2つのスリット $S_1, S_2$ から出た波が、
スクリーン上の点 $\boldsymbol{r}$ で合成される様子を
数式で追ってみましょう。
時間の要素 $e^{-i\omega t}$ は共通なので省略し、
空間成分のみに着目します。

それぞれのスリットから点 $\boldsymbol{r}$ までの距離を $r_1, r_2$ とすると、
点 $\boldsymbol{r}$ での波動関数 $\psi(\boldsymbol{r})$ は、
2つの波の線形重ね合わせになります。

$$\psi(\boldsymbol{r}) = \psi_1(\boldsymbol{r}) + \psi_2(\boldsymbol{r}) = A_1 e^{i k r_1} + A_2 e^{i k r_2}$$

簡単のために振幅を等しい( $A_1 = A_2 = A$ )と仮定します。
私たちが実際にスクリーンで目にする「電子の衝突頻度(輝度)」は、
確率密度 $\rho = |\psi|^2$ です。
複素共役 $\psi^*$ を使って計算してみましょう。

$$\begin{aligned} |\psi|^2 &= \psi^* \psi \\ &= (A^* e^{-i k r_1} + A^* e^{-i k r_2})(A e^{i k r_1} + A e^{i k r_2}) \\ &= |A|^2 + |A|^2 + |A|^2 e^{-i k r_1} e^{i k r_2} + |A|^2 e^{-i k r_2} e^{i k r_1} \\ &= 2|A|^2 + |A|^2 \left( e^{i k (r_2 - r_1)} + e^{-i k (r_2 - r_1)} \right) \end{aligned}$$

ここで、オイラーの公式 $e^{i\theta} + e^{-i\theta} = 2\cos\theta$ を適用します。
また、光路差を $\Delta r = r_2 - r_1$ と置きます。

$$|\psi|^2 = 2|A|^2 \left( 1 + \cos(k \Delta r) \right)$$

ここで、波数 $k = \frac{2\pi}{\lambda}$ を代入すると、
最終的に以下の式が得られます。

$$|\psi|^2 = 4|A|^2 \cos^2\left( \frac{\pi \Delta r}{\lambda} \right)$$

この数式が意味すること
  • $\Delta r = m\lambda$ (光路差が波長の整数倍)のとき、
    $\cos^2(m\pi) = 1$ となり、確率は最大( $4|A|^2$ )になります。 $\rightarrow$ 明線
  • $\Delta r = \left(m+\frac{1}{2}\right)\lambda$ のとき、
    $\cos^2\left(m\pi + \frac{\pi}{2}\right) = 0$ となり、
    確率はゼロになります。 $\rightarrow$ 暗線

重要なのは、個々の粒子がどこに落ちるかはランダムですが、
「落ちる確率の分布」がこの $\cos^2$ のグラフに完全に支配されているという点です。


なぜ「観測」すると縞模様が消えるのか?

量子力学の最も不気味な現象は、
「電子がどちらのスリットを通ったか(Which-way information)」
を検知する検出器を置いた瞬間に、干渉縞が消えてただの2本の線になってしまう
ことです。

これを数学的に説明するのが「環境誘起デコヒーレンス(位相ばらけ)」という概念です。

観測前の状態(純粋状態)

スリット1を通る電子の状態を $|1\rangle$、スリット2を通る状態を $|2\rangle$ とすると、
全体の状態は次の重ね合わせです。

$$|\Psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}} \left( |1\rangle + |2\rangle \right)$$

観測時の状態(もつれ合い)

ここに、スリット1を通った時に $|D_1\rangle$、
スリット2を通った時に $|D_2\rangle$ という状態に変化する
「検出器(光子など)」を置くと、
電子と検出器は量子もつれ(エンタングルメント)の状態になります。

$$|\Psi_{\text{total}}\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}} \left( |1\rangle|D_1\rangle + |2\rangle|D_2\rangle \right)$$

この状態で、スクリーン上の確率密度(密度行列 $\hat{\rho}$)を計算し、
検出器の状態についてトレース(足し合わせ)をとると、
干渉項に検出器の状態の内積 $\langle D_1 | D_2 \rangle$ が掛け算されることになります。

  • 完全に区別できる検出器の場合:
    スリット1と2を完璧に見分けるということは、
    検出器の状態が完全に直交している( $\langle D_1 | D_2 \rangle = 0$ )
    ということです。
  • すると、先ほどの数式にあった干渉項( $\cos$ の部分)が強制的に倍率0を掛けられて消滅します。

$$|\Psi_{\text{total}}|^2 \propto |1|^2 + |2|^2 + \text{干渉項} \times \langle D_1 | D_2 \rangle \xrightarrow{\text{直交}} |1|^2 + |2|^2$$

数学的には、
「どちらを通ったか」という情報を環境(検出器)が吸い取った瞬間に、
複素数の波としての性質(位相のコヒーレンス)が破壊され、
ただの確率の足し算(古典的な粒の性質)に変化するのです。

これが、2重スリット実験が「単なる光の実験」を超えて、
現実の存在そのものを問いかける量子力学の縮図と言われる理由です。

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